エルバルト王の元に「ニール陥落」との知らせが入った時。

王妃ドッティは、王の間のテラスで花を愛でている最中でした。

王とドッティは、すぐに、知らせに来た将校を王の間に呼びました。

その将校は甲冑を付けておらず。憔悴しきった風で、顔色も無く、腕から血を流しています。

「ニールが陥落したとは本当の事なのか?」

将校が自己紹介する間もなく、王が尋ねました。

「は、はい。」

将校は疲れ切った顔を上げて言いました。

「昨日、未明。ニールはデストラ軍2万の攻撃を受けました。わが軍も名誉をかけて必死に防戦を計りましたが、防ぎきれず。ついに日没前に完全に制服されてしまいました」

「不意打ちとは言え、一日で陥落とは・・」

ドッティが言うと、

「お恥ずかしい限りでございます。しかしデストラ軍は死を恐れず、無謀とも言えるような戦いぶり。まるで何かに憑かれたようでした」

と、将校はうなだれます。

報告を聞いた後、王は全軍を上げてのニール奪還を即断します。辺境とは言え麓に穀倉地帯を抱える要害の地なのです。

王妃ドッティも共に従軍しました。立場は王妃でも、無敵と言われた将軍ダルワンの娘です。

父ゆずりの戦場の駆け引きは、並みの軍師よりはるかに優れているのです。

3万に及ぶ軍隊は、統制の取れた足並みで北を目指しました。先鋒の大将に任命されたのは、ニール陥落を必死で伝えに来たロルです。

中軍の前方に濃紺のマントを着けたエルバルト王が栗毛の馬に跨がり、中軍の後方には銀の甲冑を着け、葦毛の馬に乗ったドッティが続きます。

先鋒から最後方の親衛隊まで延々と続く大軍は、見事な景観を見せてエルバルトの山岳地帯へ入って行きました。

ニールまであと半分の距離に来た時でした。右手の山に鳥たちの飛び立つ姿を見てドッティは叫びます。

「山鳥たちがあの様に群れを乱した飛び方をするのは、あの下にたくさんの人が潜んでいる証拠。あれは、デストラの伏兵に違い有りません。誰か ! 王様に伝えよ ! 前方に伏兵ありと」

「はっ」

誰かが前方の王の元へ馬を走らそうとした時でした。

「うお〜〜〜」

たくさんの鬨の声が上がり、右手の山からデストラの大軍が押し寄せて来たのです。

それはまるで山全体が動いてのしかかって来るような迫力です。

エルバルトの兵士たちはよく戦いましたが、不意打ちを受けた不利は立て直しようがありません。

犠牲者が増えるのを憂慮したエルバト王は白旗を上げて降伏し、王や王妃を初め、100人もの人が捕虜となってしまいました。

デストラ城へ連れて行かれた捕虜たちは、狭い部屋に閉じ込められました。

その部屋は壁も床も冷たい石で出来ていて、カビの匂いが鼻をつきます。

「デストラの精霊にタテをついてはならない」

突然、頭上から聞こえて来た声に王妃ドティは聞き覚えがありました。

「お父さま !」

そうです、階上のテラスに立つ人物こそ、ドッティの父である、ダルワン将軍その人だったのです。

「ダルワン」

「ダルワン将軍閣下」

「ダルワン様だ」

100人の捕虜達が一斉に驚きの声を上げます。

しばしの喧騒が止んでからダルワンが言いました。

「皆もデストラの精霊に忠誠を誓うのだ。さすれば世界は平和になり、皆の幸せは約束されたものになるであろう」

その言葉に抑揚は無く、明らかにダルワン将軍の様子が変です。

「お父さま、あやつられているの?私よ、ドッティよ」

ドッティの必死の叫びもダルワンの耳には届かないようです。

「只今より、聖なる降霊の儀式を行う」

静まり返った王宮にダルワンの声だけが響きます。

「この儀式を終えた者は、永遠の幸福が約束されるのだ」

いつのまにか槍をかまえたデストラ兵が周りを取り囲んでいます。

「さあ、先ずはエルバルト王。あなたからです」

言葉と同時に正面の壁が開いて、階上へつながる階段が出て来ました。

「王様 !」

「これはデストラの計略です」

「王様!」

皆、口々に叫びますが、

四方を槍に囲まれた状態では言う事を聞くしかありません。

王様がゆっくり階段を登ってダルワン将軍の正面に立ちました。ダルワンは何やら呪文のような言葉を口ずさみ、それから右手に何か光る物をかざしたようでした。

次の瞬間、エルバルト王の体は力が抜けたように崩れ落ちます。

両脇をデストラ兵に支えられてダルワンの後ろの椅子に座らされました。

「王様!」

「王様!」

皆が口々に叫びます。

「さあこれでエルバルト王は我々の仲間。明朝には、そのひたいにデストラの紋章が浮かび上がっているであろう」

ダルワンの言葉に、

「なんてことだ!」

「やめろー」

とエルバルトの捕虜達は叫びますが、ダルワンは聞こえない風に、

「さあ、次は王妃の番です」

と、冷たい言葉を発しました。

王妃ドッティは目の前で起こっている事が信じられません。

「お父さま、なんてことを」

「さあ、早く来るのだ」

「わかったわ」

意を決してドッティは石の階段を昇りました。

両側からはデストラ兵がびっしりと槍をかまえています。じりじりとした時間を感じながら一歩一歩昇りました。100人の捕虜と、たくさんのデストラ兵の視線を全身に感じます。

とうとう階上のテラスに立ちました。

正面には懐かしい父の姿があり、その後方には夫であるエルバルト王が死んだように座っています。

ダルワンの目に力は無く、唇は紫色をしています。

目の周りはくまが出来たようにどす黒い色をしています。

そして、その額にはデストラの紋章であるクモの絵が浮かんでいました。

良く見ると、エルバルト王の額にもうっすらとクモの紋章が浮かんできています。

『崇高で絶対なるわれらがデストラの精霊よ』

ダルワンは何やら呪文のようなものを唱えはじめました。

「お父さま」

ドッティはダルワンに叫びました。

「私よ !ドッティよ」

『大地に潜み、暗雲を空に呼ぶ精霊よ』

「お父さま、しっかりして」

『その偉大な力をお与え下さい』

「お父さま、私が分からないの?」

『この者の迷える魂を精霊に捧げん』

「ほら、わたしが15の誕生日にお父さまがくれたペンダントも持っているわ」

『青き精霊の心眼よ、迷える魂・・』

ドッティがその赤い石の入ったペンダントをダルワンの前に出したのと、ダルワンが青い石を掲げたのが同時でした。

すると信じられない事が起こりました。

次の瞬間、二つの石は共鳴するように「キーン」という音を発し、強烈な光を放ったのです。


耳をつんざくような音と、太陽をいくつも集めたような光り、捕虜たちやデストラの兵士たちはその場にしゃがみ込んで目と耳をふさぎます。ドッティは驚きのあまり腕が硬直してペンダントを放す事すら出来ません。そしてさらに次の瞬間でした、

「パーン」

と大きな音を立ててダルワンの持っていた青い石が砕け散ったのです。

しばし静寂の時が流れました。

「ドッティーではないか?」

最初に声を発したのは正気に戻ったダルワン将軍でした。

「お父さま、私が分かるのね」

「どうやら眠りの石の魔力に操られていたらしい」

ダルワン将軍はそう言って立ち上がりました。

「うーむ」

エルバルト王も目を覚ましました。

デストラの兵士たちも正気に戻ったようにきょろきょろと辺りを見回します。

「これはどういう事なのだ」

エルバルト王がダルワン将軍に聞きました。

「されば、デストラの玉座へ」

ダルワンはそう言って後方の扉へ向かって歩き出しました。

王とドッティもその後について行きます。

ダルワンはゆっくりとその鉄の扉を開けました。

扉の中は真っ暗でしたが、暗闇の中に玉座がぼんやりと見えます。

玉座には何者かが座っているようです。

王とドッティは身構えましたが、ダルワンは無造作に歩み寄って玉座の主を確認するように覗き込みました。

暗闇に目が慣れたドッティにもようやくその姿が確認出来ました。

それは王冠をかぶったミイラだったのです。

無言で顔を見合わす王とドッティにダルワンが言いました。

「デストラは黒魔術を極めた結果、目覚めの石と眠りの石を手に入れました。眠りの石を見た者は眠りの状態になり、デストラの意のままに動くのです。眠りから覚める時には目覚めの石を見せれば正気に戻ります」

「では、誰がその石を操っていたのだ」王様は首を傾げます。

「今現在、石を操っている者はおりません。ご覧の通り、黒魔術師デストラは300年も前にミイラになっているのです。すなわち、人が石を操っていたのでは無く、われわれが石に操られていたのです」

「何と言う事だ」

と、王様はドッティを見てこう言いました。

「われわれは実態の無いまぼろしと戦っていたと言うことか」

ドッティは無言で王様の腕にしがみつきました。

正気に戻ったデストラの兵士は、みなどこかの国の善良な市民でした。

お城へ帰ったエルバルト王は、行き場の無い元デストラ兵を全て受け入れ他国の農耕や製鉄の技術を取り入れたので、エルバルトの国はますます豊になりました。



さて、ドッティのペンダントについていた赤い石は、どうなったのでしょう?

その石はしばらくの間エルバルトの宝物庫に保管されていましたが、

時々強い目覚めの力で人々の眠りを妨げたので、小山ほども有る大きな石弓を作って、空に向かって打ち上げられ、きれいな赤い星になりました。

もしも、夏の夜に目が覚めたら、夜空に赤い星を探して見て下さい。

エルバルトの赤い星が目覚めの光を放っているはずですから。


special thanks ryu ぐうたら文庫