遠い昔のお話しです。

エルバルトという森と湖に囲まれた国にドッティと言う美しい娘がお母様と一緒に住んでいました。

ドッティのお父様は、この国を守る将軍でしたが、敵国デストラに進軍したまま行方が分からなくなっていて今では、15の誕生日にもらった綺麗なペンダントだけがドッティにとっての父の思い出なのでした。

ある晴れた朝、ドッティが湖で花を摘んでいると、馬に乗った若者が通り掛かりました。

その綺麗な身なりの若者はドッティの前で馬から降りると、

「こんにちは、ちょっと前を失礼します」

と言ってから手綱を引いて、乗っていた栗毛の馬に湖の水を飲ませ始めました。


それを見ていたドッティは、若者が王家の紋章の入った短剣を腰に付けているのに気がつきました。

「王子様ですね」ドッティが声をかけると、王子はうなずき、「あなたは?」とこちらを見ました。

「私はダルワンの娘でドッティと申します」

「おう、勇者ダルワンの姫君でありましたか」

二人が見つめ合っていると、

「王子様。どこにおられます?」

「王子様」

と呼ぶ声が近づいて来ました。

「やれ、城を抜け出したのがもう分かってしまったか」

王子はいたずらそうに舌をペロッと出して。

「また時間のある時に来ます」

と言って馬に跨がり、お城へ帰って行きました。

ドッティは家に帰ってから、今日の事をお母様に話しました。

お母様は楽しそうに話すドッティを見て、静かに微笑みました。

それから次の日も、また次の日もドッティは湖に出掛けましたが、王子様は現れませんでした。

それから何カ月か過ぎたある日、『王子様が結婚する』という発表が大臣からなされました。

3年前に王様が原因不明の病でお亡くなりになられてから、突然現れた「王家の血筋」と名乗るタランが大臣となり、この国の政治を司っていました。

王子の相手と言うのは、その大臣の推薦と言う見たことも聞いたことも無い国の姫です。

王子様にあこがれていた王女や姫たちはがっかりしましたが、ドッティは簡単に納得できません。

「私、お城に行って王子様に会って来ます」

とお母様に告げて家を出て行きました。


「何者だ !」

お城に着くなり二人の門番に見とがめられました。

「私はダルワンの娘ドッティです。王子様にお合いさせて下さい」

「何?ダルワン将軍閣下のお嬢様とな?」

「はい、そうです」

門番は何事か相談してから、

「何か証拠はお持ちですかな?」と言いました。

「証拠?」ドッティが困っていると、

「間違いなく私の娘よ」

とお母様です。

二人の門番はその姿を見て、

「これは奥様、失礼いたしました」

と、門を開けました。

ドッティとお母様は守衛に先導されてお城の王宮へと入りました。

しかし、王の間で二人を出迎えたのは王子ではなく、大臣のタランだったのです。

「これはこれはダルワン将軍の奥様。わざわざ何の御用で?」

「私は娘のドッティです」

ドッティは一歩前に進み出て言いました。

「王子様にお話があってまいりました」

大臣は眉を寄せて、

「そう言われても貴女とは初めてお目にかかる」

とドッティを見ます。

「将軍が進軍中は、舞踏会などに妻や子供は遠慮するのがならわしゆえ、長らくお城へ来るのを控えさせて頂いておりました」

お母様はそう言ってドッティを指し、

「私の娘に間違いございません」と大臣に言いました。

「分かりました、それでは簡単なテストをさせて頂きましょう」

大臣はいじわるそうな目になりました。

「将軍のご家族とあらば、馬の扱いはお出来になるはず。今から中庭に100頭の馬を放しますので、一頭残らず厩へ入れて頂ましょう」

大臣はそう言うと、配下の者に何やら耳打ちしました。大臣はわざと、子馬を産んだばかりで気の立っている雌馬を揃えさせたのです。

どんなに馬の扱いに慣れた者でもこれだけ気のたった馬は危険です。しかも100頭もいるのですから下手をすると蹴られて命を落とすかもしれません。

中庭に出たドッティはすぐに危険を感じました。どの馬も異常に興奮しているのです。

その時お母様がドッティに、

「大丈夫ドッティ。母馬には子馬よ」

といいました。

「なるほど、分かったわ」

ドッティはお母様に笑顔を見せてから、子馬を一頭づつ厩に繋ぎ、全部繋ぎ終わってから厩の扉を開けました。

すると母馬たちは我先に厩に入り、子馬に乳を与え始めました。

ドッティは静かに厩の扉を閉じてから、

「はい、全部厩に入りました」

と大臣にいいました。

大臣は、さも悔しそうに、

「うぬっ、いや、貴女様がァ将軍のご息女であることは分かりましたァ。しばし待たれ、王子様のご都合を聞いて参ろうぉ」

そこへ、

「私ならここにいます」

と現れたのが王子様です。

「先ほどから見ていた。なぜに私の客が来たことを知らせぬ」

「いえ、簡単なテストをしていただけでございますァ」

大臣はそう言いながらその場から立ち去ろうとしました。

「お待ちなさい !」

突然大きな声を上げたのはお母様です。

「王子様、大臣の左肩をお調べ下さい」

お母様の言葉に大臣の顔色が変わりました。

「何を・・王子様の御前でありますぞ。無礼ナァ」

「さあ、その語尾の上がる訛りに聞き覚えがございます。王子様、早くお調べ下さい」

「うむ」

王子様も大臣の様子がおかしい事に気がついたので、

「大臣の左肩を調べよ」

と廷臣たちに命令しました。

あっと言う間に上半身裸にされた大臣の左肩には、敵国デストラの紋章である、クモの絵が描かれていました。

大臣は直ちに地下牢へ連れて行かれました。

「あやうくデストラの計略に引っかかるところでした」

頭を下げる王子にドッティは、

「大臣の連れてきた方とご結婚なさるおつもりだったのですか?」

と聞きます。

「結婚?何のお話しでしょう」

何も知らされていないらしい王子に一部始終を説明しました。

「私が結婚したいのは、ドッティ。貴女ですよ」

「王子さま」

二人は見つめ合い、そしてキスをしました。

それから二人は、初めて出会った湖で結婚式を上げました。

戴冠式も行い、王子は正式にエルバルト王になりました。

難しい問題はお母様に相談しながら良政を目指したので、

「エルバルトの国は世界で最も住みやすい」と、人々から言われるようないい国になりました。

ドッティのお母様は「エルバルトの母」と言われ、いつまでもいつまでも語り継がれたと言うことです。


special thanks ryu ぐうたら文庫